The chefs and

VERMICULAR

01

Albert Adria

アルベルト・アドリア

ENIGMA / Barcelona

Scroll

Albert Adria

Profile

アルベルト・アドリア

 スペイン・カタルーニャ州から料理界に革命を起こした、伝説の3ツ星レストラン「エル・ブリ」。

「世界一予約の取れない店」として5度にわたり世界ベストレストランのトップの座に君臨。芸術とも讃えられたその独創的な料理。パティシエとして身に付けた技術と大胆な発想でそれらの料理を生み出していたのがアルベルト・アドリアだ。

 たとえば、現在あらゆる料理人が手がける調理法で、食材を亜酸化窒素ガスで泡状に変化させる「エスプーマ」の手法も「エル・ブリ」の発祥といわれる。食材を分子レベルまで解析したうえで科学的にアプローチする「分子ガストロノミー」を駆使し、アルベルトは食の可能性を鮮やかに切り拓く芸術的な料理で、「エル・ブリ」の厨房から世界を驚かせ続けてきた。

 店が人気絶頂の2011年にクローズした後、アルベルトが世界のトップシェフとしての矜持を見せたのが、新たなスタイルのレストラン「エル・バリ」の運営である。バルセロナの一区画に高級レストランからカジュアルなバルまで、アミューズメントパークのように様々なコンセプトの6店舗を展開。なかでも予約困難とされる「エニグマ」は、一日30名の客に対し、スタッフは40人。客は40~45皿のコース料理を3、4時間かけて、厨房を含めた店内を順に移動しながら味わっていく。料理を核に、店の空間全体を使って非日常を体験する点は「エル・ブリ」のエッセンスを継承するが、料理はさらに進化を遂げていると、世界中の美食家たちが熱い視線を注ぐ。

 15歳のとき、先に兄が働いていた「エル・ブリ」に誘われ、デザートづくりによって料理の面白さに開眼したのがすべてのはじまりだった。今や美食の街バルセロナで、アルベルト・アドリアの名を知らない人はいないほどのスターシェフだが、「食」への好奇心と探究心は少年のように純粋なまま。「食事で人を幸せにしたい」というまっすぐな願いをエネルギーに、客を驚かせ、喜ばせ、楽しませる料理の極限に挑み続ける。

 私が「エル・ブリ」の厨房で働きはじめたのは、15歳のとき。勉強が嫌いで進学したくないと父にいうと、兄のフェランが働いていた「エル・ブリ」で一緒に働くように勧められました。入店して2年は研修期間。前菜から魚、肉、とコース料理の順に学んでいくのですが、デザートで研修が終わるというとき「ここが一番好きなセクションだ」と強く感じました。料理よりも自由で、皿の上で3Dアートのように表現できる可能性に興奮したんです。当時、兄は23歳の若さでヘッドシェフでしたが、結果的に兄は料理を、弟がデザートを担当することになったのは、絶妙なバランスでした。

 「創造は模倣からは生まれない」という「エル・ブリ」のコンセプトから、創造性を高めるワークショップに取り組んでいた1998年、デザートのテクニックを料理に融合することを試みました。これはあたたかいゼリーというチャレンジです。日本の素材である寒天は溶ける温度が85℃と、あたたかい料理にも使える。これにより様々な増粘剤を使って温度や食感を試すことができるようになった。この年は、料理界全体にとってのターニングポイントでしたね。というのも、新しい調理器具が次々に開発され、料理にサイエンスを取り入れることができるようになった。そして「エル・ブリ」がミシュラン3ツ星を獲得した年でもありました。

 にもかかわらず、2011年、世界中から客が集まる「エル・ブリ」は店を閉じ、世間を驚かせました。それから兄は食に関する研究機関の設立(エル・ブリ・ラボ)や料理の探求へと重心を移し、同年、私は再び店をスタートしました。しかし、すべてのお客様が期待していたのは「エル・ブリの再現」でした。方向性の違いから落胆しているお客様の気持ちも伝わってきましたが、「とにかく黙って地道に働くこと」に徹し、結果として自分のレストランを成功させることができました。だから今は心から幸せとやりがいを感じています。

 もちろん「エル・ブリ」から引き継いだもの、たとえば科学の技法を料理に取り入れることは今でも行っていますが、「エル・ブリ」というレストランの目的が「料理界にエボリューションを起こすこと」だったのに対し、今の私は「料理を通じてお客様を幸せにすること」を第一の目的にしています。

Recipe

01

材料:オマール海老、熟成した牛脂、ゲランド塩、カンボジア黒胡椒

見た目はオマール海老そのものでありながら、口に入れると牛肉の風味がいっぱいに広がる。食べる人に驚きと喜びと興奮を感じてほしい、というアルベルトの想いがそのままかたちになった一品。ボイルしたオマール海老に60日間熟成した牛脂を塗り、冷蔵庫で24時間熟成させてから、炭火でローストする。

 現在「エル・バリ」グループは6店舗。そのなかで、「エニグマ」(迷宮のような空間)は「サプライズ(驚かせる)」、「ティケッツ」(入口が映画館のチケット売り場のよう)は「アミューズ(楽しませる)」、「ボデガ1900」は「トラディション(伝統)」 というように店ごとにコンセプトを変え、それぞれの個性を明確にしています。いってみれば、私を含めた4人のクリエイティブチームです。 すべての店のメニュー開発をラボで行っていますが、あるメニューのために季節外の希少食材を探し回るようなことはしていません。 それよりも、今最もおいしくて手に入りやすい旬の食材を使い、そこからメニューを生み出すことを意識しています。

 たとえばカツオが出回る時季なら、店ごとに使う部位を変えながらカツオのメニューをいくつも考えていく。他にも野菜やハーブ、豆、キノコなどもシーズンごとにおいしい種類が違います。ラボの壁に旬の食材のカードをカレンダーのように貼って、それを見ながら構想を練るほか、もちろん実地の市場歩きもアイデアの宝庫です。

 季節ごとの素材ありきのメニューが一番自然の理にかない、無駄が出ず、お客様にも喜んでもらえる。その考えは、革新的な料理を追求していた「エル・ブリ」時代からの、私のなかでの変化といえるかもしれません。

 店を展開するアル・パラレル地区は、バルセロナのなかでも一等地ではなく、むしろ廃れていかがわしいイメージの地区でした。でも物件の賃料が安い分、私にとっては出店しやすい場所だったのです。

 最初にここで小さなタパスバーをオープンしたとき、人気エリアでないにもかかわらず、毎日たくさんのお客様が来てくれました。一軒の小さな店によって街がみるみる活性化していく地域創生の様子を眺めながら、繁華街よりもむしろやりがいを感じました。

 「エル・バリ」=「ご近所」という名の通り、この地区で歩いて回れる範囲に6軒の店を持っています。私は各店舗に一日2回ずつ、1回目はオープン前、2回目は営業中に必ず顔を出すので、この距離感には大きな意味があります。スタッフの人数も多いですが、各店の予約状況などの情報を全員で共有し合いながら、とてもいい雰囲気で働くことができています。

 「食事を通じて幸せを売ること」が、私のフィロソフィーであり、使命だと思っています。でも、そのためにはまず自分自身が幸せでいることが大切。忙しさに飲み込まれて疲れてしまっては、使命を果たせません。そしてそれはスタッフ一人ひとりにもそのまま当てはまる。昼の営業を休み、夜のみの営業の日を増やすなど、みんなが常にハッピーな状態で働ける環境をつくるようにしています。魂の宿ったレストランにするためには大切なことですから。

 それに、この仕事はインスピレーションが重要です。五感がオープンになれば、何を見ても、触っても、新しい料理の発想につながる。頭が休まらなくてちょっと困るな、と感じるくらいにね(笑)。

 どれほど長く料理の仕事をしていても、一番最近つくった料理が、自分の最高の仕事でなくては、と思うのです。味はもちろん、インパクトもそう。「エル・ブリ」の頃のようにがむしゃらに働く若さはありませんが、年齢を重ねた分、経験とテクニックは今の方がある。最後の仕事を最高にしたい。常にその想いで仕事と向き合うことが、向上心へとつながっていきます。

Recipe

02

材料:エルダーフラワーの花、ミネラルウォーター、白米、麴

食事をスタートする前に甘みのないドリンクを飲むことで、口のなかがリフレッシュされ、味覚が研ぎ澄まされる。バーミキュラ ライスポットからインスピレーションをえたこの発酵ドリンクは、旬の花から抽出したお茶、米、麴という素材に、日本へのリスペクトを込めた。炊飯はもちろん、麴やドリンクを発酵させる工程にもライスポットの温度設定機能をフルに活用している。

 料理人にとって、新しい調理器具が厨房に加わるのは純粋に楽しいことです。テクノロジーが料理の可能性を広げてくれるのですから。手間をかけていたことが楽にできるというだけでなく、料理人をより自由な発想に導いてくれるのが、優れた調理器具の力だと考えます。

 バーミキュラの印象は、驚くほど精密につくられていながら、とても自由な使い方ができるということ。とくに細かく温度設定ができる点は、1℃変わるだけでテクスチャーに違いが出るような料理に最適です。しかも精巧でありながら操作はシンプルなので、感覚的に扱えるのも嬉しいですね。

 今はバーミキュラを使って、「エニグマ」にいらしたお客様に一番最初に飲んでいただく発酵ドリンクを出しています。「エニグマ」ではトータル40皿以上のメニューをお出しするので、はじめに甘みのないドリンクを召し上がって味覚をリセットしていただくきまりなのです。

 日本生まれの製品に合わせて、メインの材料は米と麴。また和食はとくに旬を大切にしますから、1年のうち2カ月しか市場に出回らないエルダーフラワーから抽出したハーブティーを使いました。エルダーフラワーティーで米を炊き、麴を混ぜ合わせてから発酵させています。発酵には温度管理が重要なので、このドリンクでバーミキュラの機能を有効に活用できています。

 家庭用に開発された製品だとしても、バーミキュラの正確さと、忙しくても直感で使いこなせる機能はプロのための厨房機器として、とても魅力的です。調理はもちろん、温度と時間によって味や食感がどのように変化していくのかを学べる格好の実験器具にもなりますから。「エル・ブリ」のキッチンにも、もしバーミキュラがあったら、作業がどれだけ効率化しただろうと思いますね。もっと革新的な料理が数多く生まれていたかもしれません。

 バルセロナが美食の街であるのは、地中海に面していて、たっぷりと降り注ぐ太陽が、野菜や果物やワインの味をおいしくするからです。つまり食材を豊かに育む土壌からの恩恵を受けて私たちは暮らしているのです。

 私の店があるこの地区だけでなく、バルセロナのほとんどは歩いて散策できます。有名な建築もたくさんあり、エリアごとにそれぞれ違う雰囲気を肌で感じながら、夕方の時間にのんびり歩いて回るのが、私のおすすめのバルセロナの楽しみ方です。

 日本は、これまで何度も訪れている大好きな国。とくに1998年にはじめて行ったときの感動は今でも覚えています。それまで自分のなかの美食のカテゴリーには、フレンチと、自国のスペイン料理の二つしかなかったのですが、日本で和食と料理人の繊細さを前にしたら、自分の野蛮さが恥ずかしくなりました(笑)。食材への豊かな知識や、料理の伝統を継承する意識、包丁など調理道具の品質も、すべてにおいてきめ細やかさと情熱が感じられ、素晴らしい。

 今、「エニグマ」には日本の鉄板焼き風のカウンターがありますし、メニューにも刺身のような料理をよく登場させています。そもそも「エル・バリ」のなかに「パクタ」という日本の居酒屋をモチーフにした店もあるくらいですから、日本から受けた刺激と影響は絶大です。でもそれは私だけでなく、世界の料理人に共通していえることであるのは確かですね。

More Vermicular Chefs

Please turn your device.